出家とは・・・

 

 「出家」ということ

 

「出家」(しゅっけ)についてお話したいと思います。

 

「出家」とは、字のごとく家を出る、ということです。

 

ではどこの家を出るのかというと、迷い・苦しみの家から出る、ということです。

 

仏様のお話に、このようなお話があります。

 

ある日、父親が我が家に帰ってきたら、家がなんと火事になっていたのです。

 

その家の中で、子供たちは火事だ、ということも気づかずに夢中になって遊んでいるのです。

 

父親が、家の外から「火事だから早く出てきなさい」と呼びかけるのですが、遊ぶことに夢中になっていて気づかないのです。

 

そこで父親は、「ここに立派な車がある。これに乗って遊びなさい。」と呼びかけると、子供たちは家の中から飛び出して、難をのがれた・・・

 

家の外に出てきた子供たちの目の前には、実はもっと素晴らしい乗り物が用意されてあった・・・というお話です。

 

ここでの父親は、仏様であり、子供たちは、私達凡夫を指しておられるのです。

 

家が火事で焼けている状況を、今私達が住んでいるこの世界を指しておられるのです。

 

家が、火事になっていても、目の前の玩具に夢中になって遊んでいる。ましてや、外から父親が声を掛けても振り向こうとしない。一生懸命遊んでいるから、声が聞こえないのです。

 

家が火事になっている状況を「火宅三界の娑婆」といいます。

 

この火の家から、外に出ることを「出家」というのです。

 

つまり、火宅三界という迷い・苦しみの世界から飛び出して、安穏な世界、悟りの世界・・仏の世界へ住まわしてもらうことなのです。

 

目先の欲・・例えばお金・権力・地位・名誉などにあまりにも執着しすぎて、周囲や周囲の状況が見えなくなってしまう状態が、「火宅の娑婆」に住んでの生活ということになるのです。

 

そこから「出家」するということは、目先の欲得にとらわれ過ぎることなく、「少欲知足」で「欲を少なくして、足ることを知る」・・ことなのです。

 

大局的に物事を見つめ、人の生涯において何が大事なことなのか・・などと、一生涯を一つの全体と見なし、全体のなかでの今の役割などを捉えていく。

 

これが「出家」ということです。

 

そして、何よりも大事なことは、「真の出家」とは「人を大事に」そして「人を助けていく」ことなのです。

 

決して口先だけではなく、実際に悩み苦しむ人の懐に飛び込んで、共々に這い上がろうとする「生きざま」のことです。

 

そして、その方が良くなっていったら、我が事のように喜ぶ心。

 

そこには、裏も表もない「純粋」に人のことで難儀・苦労が出来る、喜んで出来る。

 

そういう生き方が「真の出家」なのです。

 

そういう「真の出家」をしているかたが、どれだけおられるのでしょうか?

 

もちろん、私も含めてです。

 

私は、「真の出家」をしていきたいと思っています。